会社から「辞めて欲しい」と言われた場合は解雇になりますか?
一般的に、解雇は会社の一方的な処分(対象者の承諾不要)、勧奨退職は会社が退職を勧めて対象者がそれに同意した場合と区別されますが、正直なところ「辞めて欲しい」といった言葉だけでは、(どちらかには該当するはずですが)果たしてどちらになるのか、簡単には判断できません。
どちらかはっきりしないような場合は、その場で曖昧な返事(=勧奨退職の承諾と取られかねない)やサイン等をせず、「それは解雇ですね?」「解雇であれば、解雇通知書をいただけませんか?」などと切り返せればベターなんでしょうけども、後で解雇理由証明書(労働基準法22条2項、退職後は22条1項の退職証明書)を請求してみて、解雇か否かをはっきりさせる方法はあります。
※ この解雇理由証明書(又は退職証明書)を請求(できれば文書で。要コピー保存)しても発行されない場合は、勤務地の所在地を所轄する監督署に申告(≒基準法違反の調査・指導を求めること)が可能な場合があります。この段階でつまづく場合は、申告の可否も含めて、監督署にご相談いただく方法もあります。
(退職時等の証明)
労働基準法第22条 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
2 労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。
(3項・4項は略)
会社から「辞めて欲しい」と言われて「はい」とか「分かりました」と答えてしまったような場合で、解雇通知書などをもらっていない場合は、勧奨退職が成立しているかも…という微妙な状態と思います。
言った言わないでモメないように書面を交わすことが多いということであって、契約は口頭でも成立するという、法律のちょっと怖い部分でもあります。
賃金の減額についての裁判の中には、口頭の同意を認めなかったような例もありますが、仮に勧奨退職の同意書にサインまでしてしまった後では、民法で言うところの詐欺・強迫・錯誤等に該当する程度で無い限り(それが社長室に呼ばれて『強い口調でサインするよう迫られた』程度では)覆すことは困難となる可能性が高いとは思われます。
関連となりますが、「辞めて欲しいと言われ、サインするように迫られた文書が(会社側がワープロで作った)自己都合の退職届だった」といった酷い話しを聞くことも、珍しくはありません。
こういう場合は、たとえ会社側の人間が怒り出そうと、自分の考えの整理がつくまで、提出は拒否すべきでしょう。
命令口調で書くように言われる場合まであるようですが、自己都合の退職届とは自分の自由な意思により作成すべき文書であって、職務命令によって書かされるべき文書ではないのです。
(注:これも、既にサインしてしまった後では、覆すことは困難となる可能性が高いことは、勧奨退職欄に記述した内容同様と思われます。そこに至る経緯はともかく、後に会社側が「ほら、この通り、本人から辞めたいと言って来たのです!」と主張可能な証拠を、渡してしまったことになるのです。)
以上、社員さん側のベターな対応をまとめますと、
① 解雇なのか勧奨退職なのか、文書などの形ではっきりしてもらうよう求める
② 法的な意味のよく分かっていない書類に、安易にサインすべきではない
③ 即断を迫られた時点で判断できないときは、曖昧な返事をせずにいったん逃げた方がよい
ということになるとは思いますが、実は会社さん側も、解雇と(自己都合・勧奨)退職の違いがよく分からないままに行っているような場合もあります。
そこで以下では、それぞれの違いを、関連する法令や制度等と絡めて整理してみたいと思います。
解雇のメリットとデメリット
会社目線
社員の同意を要しないため、不要と考える社員を強制的に退場させられる点は、メリットと言えるかもしれません。
一方、①不当解雇を主張してくる場合があり得ること(労働契約法16条)、②原則として解雇予告規定(労働基準法20条)の適用を受ける、といったデメリットはあります。
また、雇用関係の助成金を受給しているような場合に、支給対象から除外される場合があります。
(解雇)
労働契約法第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。(解雇の予告)
労働基準法第20条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
(2項・3項は略)
社員目線
普通解雇を経済的な視点から捉えた場合、①失業保険の受給に際して待機期間が不要となる(これは勧奨退職も同じ)、②解雇予告手当の適用がある、という点はメリットと考えられます。
(ただし①②とも、懲戒解雇の場合等は適用除外となる場合があります。)
一方、再就職を考えた場合、前の職場を解雇されたという事実が、(就職活動時に)品行や協調性、能力不足を疑われるなど、今後のキャリアにマイナスになる場合が無いとは言い切れない面はあります。
例えば、履歴書の職歴欄に「解雇により退職」などとは書きにくいと思いますし、もし面接で「前の会社はどうして辞められたのですか?」などと聞かれた場合には、舌を噛むこととなります。
仮にそれらを(その場限りで)誤魔化した場合には、「経歴を詐称した」という影が付きまといます。
なお「解雇を受け入れられない」「不当解雇として争いたい」というような場合は、これはまた別の話しとなりますし、(解雇が前提となる)解雇予告手当を請求・受領することは、主張と行動が矛盾してしまうような面もありますので、早めに労働相談や法律相談を受けられるのがよいと思います。
退職のメリットとデメリット
会社目線
自己都合退職であっても、勧奨退職であっても、社員との同意を前提とした形なので、不当解雇を主張されるリスクが無くなることに加え、解雇予告手当の支払いが不要になる点はメリットと言えます。
ただし、勧奨退職の場合は、雇用関係の助成金を受給しているような場合に、支給対象から除外される場合があります。
社員目線
再就職を考えた場合は、(退職理由に合理性のある)自己都合退職は、今後のキャリアにマイナスにはならないものと考えられます。
一方、退職を経済的な視点から捉えた場合、①(自己都合退職の場合に)失業保険の受給に際して待機期間が必要となる(勧奨退職の場合は不要)、②解雇予告手当の適用がない、という点はデメリットと考えられます。
ただし①の自己都合退職の場合であっても、次の就職先が決まっているような場合は、あまり考慮する必要が無いとは言えます。また「正当な理由のある自己都合退職が認められる場合」は、待機期間が不要となる場合があります。
メリット・デメリットを踏まえた上で
会社目線
この記事では「会社側が社員に辞めてもらいたい場合」を前提としていますが、整理してみていくと、立ち回り方が見えてきたのではないでしょうか?
(『懲戒解雇しかあり得ない』ような場合は別として、)会社さん側(特に助成金を活用する会社さんであればなおさら)からは「自己都合退職」が望ましい、一方の社員さん側も、今後のキャリアの上では「自己都合退職」が望ましい、
そうであれば「失業保険受給」や「解雇予告手当」の経済的デメリットを、多少なりとも埋めてあげる形で自己都合退職の合意を試みるような方法も、一考に値するのではと思います。
それは例えば、1か月分(以上)の給料と、その間の就職活動のための(有休)休暇を随時認める代わりに、自己都合による退職届を提出してもらう、といったような形もその1つと思います。
(もしそこで認めた就職活動の間に「すぐ来て欲しいって会社が見つかりました!」とでもなれば、これはまさに円満退職となります。)
一方、話し合っても合意が得られないような場合は、勧奨退職か解雇の手続きを淡々と進めることになるのだと思います。
社員目線
人には誰にでもプライドというものがあるはずです。正直なところ、退職を迫ってくる会社には、愛着も未練も無くなって当たり前とも思います。
ではそこでどう動くのか? 今後のキャリアも考えて円満退職を選ぶのか? 解雇を受け入れて1か月分の予告手当をもらうのか? もしくは○か月分の補償を求めて戦うのか? それによって行動が変わってくると思いますし、それを決定するのはご自身です。
(この際、(冒頭で申しました)退職の同意のサインまでしているような場合は、覆すことは難しい面はありますけども。)
それで会社と折り合いがつけばよいですし、そうでない場合は、労働相談や法律相談を受けてみるのがよいと思われます。